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名称 穆佐むかさ
所在地 宮崎市高岡町小山田
アクセス方法 県道28号線沿いにある廃校となった旧穆佐小学校の一角にガイダンス施設があり、ここから数分で城域に至る。
周辺の目標物 旧穆佐小学校、ガイダンスセンターを目指す。規模の大きい駐車場がある。ガイダンスセンターにはパンフレットもある(土日祝日のみ10時から15時まで開館)。
登城口 ガイダンスセンター脇の縄張図が最もわかり易い。A地区は小ぶりだが曲輪の形状がよくわかる。B地区は大規模な曲輪、C地区は家臣団の屋敷とされる。ガイダンスセンター脇の縄張図が最もわかり易い。A地区は小ぶりだが曲輪の形状がよくわかる。B地区は大規模な曲輪、C地区は家臣団の屋敷とされる。
現状 国指定史跡として整備され、土塁、曲輪、堀切がよく残る。
現況写真 主郭を東より望む。主郭を東より望む。
図面等 説明板のうち文字部分を拡大説明板のうち文字部分を拡大
歴史 南北朝期の存在が確認され、北朝方の畠山氏、今川氏が支配したが、後に島津氏、伊東氏と所属を変える。伊東氏が天正5年(1577)の耳川の戦いで没落すると島津氏が城を支配する。天正15年の豊臣秀吉の九州征伐後も城は島津領のままで、慶長5年(1600)の関ケ原合戦後、東軍に付いた伊東氏が奪還に乗り出すが撃退される。元和元年(1615)の一国一城令で城は廃された。(「九州の名城を歩く 宮崎・鹿児島編」(吉川弘文館、2023年)
踏査日 2026-02-22

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作成2026-03-05、更新---
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