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名称 尾関山おぜきやま城
所在地 三次市三次町(尾関山公園)
アクセス方法 尾関山公園を目指す。
周辺の目標物 尾関山公園と比熊山城との位置関係。図中の「現在の道」が比熊山の遊歩道。尾関山公園と比熊山城との位置関係。図中の「現在の道」が比熊山の遊歩道。
登城口 尾関山公園の案内図尾関山公園の案内図
現状 尾関山公園となり曲輪跡の平坦面があるが、大幅に改変されている。帯曲輪、石積みがあるが、どこまでが旧来のものか判別はつけにくい。
現況写真 主曲輪とされる石見台の平坦面を西より望む。主曲輪とされる石見台の平坦面を西より望む。
図面等 公園案内板に城跡としての説明が若干ある。石見台の東側は部分的に崩落し、石垣の残欠のようなものが流出していた。公園案内板に城跡としての説明が若干ある。石見台の東側は部分的に崩落し、石垣の残欠のようなものが流出していた。
歴史 戦国期に比熊山城の出城として造られたようで、関ヶ原合戦後、福島正則が安芸・備後の領主となると、家臣の尾関石見守正勝が三次2万石の領主としてこの城を居城とした。「尾関山」、「石見台」は彼の名に基づく。福島氏改易後に安芸と北備後の領主となった浅野氏は一門をこの地に入れて「三次藩」を創設するが、享保5年(1720)に絶家して藩は廃される。それに伴いこの城も廃されている。
踏査日 2023-11-04

特定非営利活動法人城塞史跡協会
作成2023-11-15、更新---
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