ホーム 城塞史跡協会について 調査報告 活動報告
名称 河和こうわ
所在地 美浜町大字河和西谷
アクセス方法 知多厚生病院の東側に城山がある。標高36mである。
周辺の目標物 名鉄河和線河和駅前から県道275号を西進し、美浜役場東の交差点で南に折れる。南下して河浦橋を渡り、台地を上がって西に進む道に入る。(写真右下に河浦橋が写る。)名鉄河和線河和駅前から県道275号を西進し、美浜役場東の交差点で南に折れる。南下して河浦橋を渡り、台地を上がって西に進む道に入る。(写真右下に河浦橋が写る。)
登城口 暫く進むと山側に入る分岐がある。ここから数分で城跡入口である。河和駅から所要15分程度である。暫く進むと山側に入る分岐がある。ここから数分で城跡入口である。河和駅から所要15分程度である。
現状 主郭部分とその周辺が史跡として整備されている。平坦面、土塁が残る。
現況写真 主郭内を北より望む。主郭内を北より望む。
図面等 主郭に上がる階段前に説明板が立つ。駐車スペースもある。主郭に上がる階段前に説明板が立つ。駐車スペースもある。
歴史 長禄年間(1457〜59)に三河田原城主戸田宗光が築いたとされる。宗光の子孫の守光は徳川家康に仕えて天正18年(1590)の小田原北条氏攻めに参加するが、その際、戦死したとの誤報が伝わり、郷民が城を襲って破却している。なお、守光の子の光康は後に母方の姓の水野を名乗る。水野氏は名古屋藩徳川家に仕え、この地を所領としている。(愛知中世城郭研究会・中井均編「愛知の山城ベスト50を歩く」(サンライズ、2010年)
踏査日 2020-03-22

特定非営利活動法人城塞史跡協会
作成2020-03-26、更新---
email:castles