名称 |
光明城 |
所在地 |
浜松市天竜区山東字光明山(光明の森) |
アクセス方法 |
国道362号線から「光明寺遺跡」への案内が何箇所かで出ている。これに従い山に入り、光明山林道を進んで城跡に至ることができる。 |
周辺の目標物 |
光明の森の案内図。ピンク色の「遺跡の森」に城跡がある。 |
登城口 |
林道沿いの駐車スペースから城跡への入口。10台程度は停められるスペースがあった。 |
現状 |
史跡として保護されており、堀切が残る。江戸時代以降、昭和初期まで寺院の境内だったので、遺構は大幅に改変されているとみられる。 |
現況写真 |
本曲輪平坦面を南東より望む。 |
図面等 |
城跡としての説明はなかった。 |
歴史 |
元来、密教修験の地であったが、1530年頃に今川氏が天野氏・奥山氏への押さえとして家臣朝比奈氏が築城したとされる。元亀3年(1572)の武田信玄の遠江侵攻の頃には武田氏が押さえたようであるが、天正3年(1575)に徳川氏が武田氏から奪い、二俣城攻略戦の拠点とする。以降、天正10年までは徳川氏が拠点として用いたが、程なくして廃城となり、山岳寺院に戻っている。なお、寺は昭和6年(1931)に全焼して移転したため廃墟となった。(加藤理文・中井均編「静岡の山城ベスト50を歩く」(サンライズ、2009年)) |
踏査日 |
2020/2/24 |