ホーム 城塞史跡協会について 調査報告 活動報告
名称 前橋まえばし
所在地 前橋市大手町(前橋県庁)
アクセス方法 本丸跡には前橋県庁が建ち、周辺に本丸土塁が残る。
周辺の目標物 前橋県庁を目指す。
登城口 県庁の西側、北側に土塁が残る。県庁北側の土塁を東照宮付近の土塁の残欠から望む。県庁の西側、北側に土塁が残る。県庁北側の土塁を東照宮付近の土塁の残欠から望む。
現状 市街地になっており、県庁周辺とその北の前橋公園内西側に土塁が一部残っているのみである。
現況写真 本丸北側土塁の虎口部分本丸北側土塁の虎口部分
図面等 県庁東側のバス停近くに案内図がある。県庁東側のバス停近くに案内図がある。
歴史 1490年頃、箕輪城主長野氏の一族の長野賢忠が築城したとされる。当時は「厩橋城」と称され、永禄3年(1560年)以降は上杉謙信の関東計略の拠点となる。謙信は城代に北条(きたじょう)高広を入れるが、後に高広は半自立化し、武田氏や後北条氏の間を縫って勢力圏を保持した。天正18年(1590)の徳川家康関東入封に伴い、北条氏の勢力勢力は一掃されて平岩氏、後に酒井氏が城主となり、江戸時代前期には地名も「前橋」となる。しかし、城は利根川の氾濫の度に浸食されて破損が著しく、明和5年(1786)に一旦廃された。しかし、文久3年(1768)に再建工事が始まり、旧三の丸を本丸に直して慶應3年(1867)に完成して藩主松平直克を迎え入れている。
踏査日 2019-12-14

特定非営利活動法人城塞史跡協会
作成2019-12-16、更新---
email:castles