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名称 有子山ありこやま
所在地 豊岡市出石町内町字城山
アクセス方法 山麓の出石城から登山道を行くコースと県道253号線の鯵山峠から続く遊歩道(一般車両進入不可)を進むのと2通りの登城方法がある。今回は余り紹介されない遊歩道からの登城を紹介する。
周辺の目標物 県道から遊歩道への入口。車一台程度を停めるスペースはある。県道から遊歩道への入口。車一台程度を停めるスペースはある。
登城口 遊歩道はアップダウンはあるが道の状態は良く、35分程度で「千畳敷」の南側下に出ることができる。参考のため千畳敷の平坦面西からの写真。遊歩道はアップダウンはあるが道の状態は良く、35分程度で「千畳敷」の南側下に出ることができる。参考のため千畳敷の平坦面西からの写真。
現状 国指定史跡で、石垣、曲輪、堀切が良く残る。竹田城同様、時期によっては雲海もみられるとのこと。
現況写真 本丸の石垣を西より望む。本丸の石垣を西より望む。
図面等 山頂の説明板に図面も付いている。山頂の説明板に図面も付いている。
歴史 永禄12年(1569)に但馬から一旦退去した山名祐豊が織田氏の支援を得て帰国し、天正2年(1574)に築城したとされる。この後、山名祐豊は毛利氏に付いたため、天正8年に羽柴秀長がこの城を攻略し、以降、羽柴(豊臣)氏の支配下の城となる。天正13年に豊臣大名の前野氏の居城となり、前野氏断絶後は小出氏の城となるが、元和5年(1519)から当城に入った小出吉英は山麓部の出石城を拡張してここに拠点を移し、有子山城部分は次第に使われなくなっていつしか廃止された。(「近畿の城郭 W」(戎光祥出版、2017年)
踏査日 2017-10-08

特定非営利活動法人城塞史跡協会
作成2017-10-24、更新---
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