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名称 勝山かつやま
所在地 下関市田倉
アクセス方法 勝山、四王司山、青山の3山を巡るハイキングコースがいくつかあるので、適宜情報を収集されたい。勝山御殿跡付近に駐車して登山する場合は、所要45分程度である。
周辺の目標物 勝山御殿から勝山城方向に少し進んだところに案内板がある。勝山御殿から勝山城方向に少し進んだところに案内板がある。
登城口 勝山御殿に近い方の登山口。ここから徒歩30分程度。勝山御殿に近い方の登山口。ここから徒歩30分程度。
現状 山頂部分の曲輪とその下の石垣が残る。西側の出丸への道は確認できなかった。
現況写真 本曲輪下の石垣本曲輪下の石垣
図面等 山頂部に説明板が建つ。縄張図が下関市のホームページに載っている。山頂部に説明板が建つ。縄張図が下関市のホームページに載っている。
歴史 内藤氏の城であるが、大内義隆横死後、大内氏家督を継いだ大内義長(大友宗麟の弟)が毛利氏に追われて弘治3年(1557)に最後に立て籠もった城として有名。義長は助命の条件を信じて開城したが、結局、切腹させられて大内氏は名実ともに滅亡する。
踏査日 2007/01/08

特定非営利活動法人城塞史跡協会
作成2007/01/16、更新---
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