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羽黒山城跡及び棟峰城跡に係る標柱について

平成18年12月10日の調査活動に基づき、以下の書簡を桜川市教育委員会に送付致しました。

 拝啓、貴委員会におかれましては時下益々御清栄のこととお慶び申し上げます。
我々は、特定非営利活動法人城塞史跡協会と申し、各地の城塞史跡について調査・研究、情報収集・発信等を行う団体であります。 今回、去る12月10日に貴市にあります羽黒山城跡及び棟峰城跡を踏査した際、拝見致しました両城跡に係る標柱について意見を寄せるものであります。

 両城跡の標柱は、羽黒山に鎮座する二所神社の参道入口(西小塙)に存在し、標柱の設置は旧岩瀬町の教育委員会が行ったところであります(標柱の記載より)。

 まず、羽黒山城跡の標柱は根本から折れて参道に向かって右脇に倒れている状態でありましたので、機会を見て立て直して頂ければ幸いです。

 次に棟峰城跡の標柱ですが、これは参道に向かって左脇に立っておりました(添付写真1)。 問題は、参道を登って行った場合、羽黒山城跡までは道が付いておりますが、棟峰城跡に至る道は確認し難かったことであります。 羽黒山城のいわゆる「大堀切」の先数百メートルが棟峰城跡ですが、テープ等で誘導される小道は大堀切辺りで途絶えており、一般の方は棟峰城跡に至ることは困難かと思われます。
 一方、羽黒山を登る途中、テープ等で誘導される分岐があり(添付写真2)、これは別途山麓に至る道と思われますが、麓に標柱が2本立つことから、羽黒山城跡を踏査した者が、棟峰城跡をこの方向と考える危険性があります。

 こうした危険性を回避する方策としては、

@棟峰城跡への道が不分明である現状において、棟峰城跡への道を整備する予定がないのであれば、登山者に安易に城跡に至るとの誤解を与える危険性があることから、この際、棟峰城跡の標柱(添付写真1)は撤去する。

A棟峰城跡への道を整備するのであれば、標柱はそのままでも良いが、羽黒山城跡と棟峰城跡の両方の現地にも標柱を立てて、どちらがどの城跡かを明示する(そうしないと登山者が混乱して山中を探し回り、不慮の事故を誘発する危険性がある懸念がある)。

が考えられます。

 本年夏に、茨城城郭研究会が国書刊行会「図説茨城の城郭」を出して版を重ね、これに羽黒山城も掲載されていることから、同城跡及び棟峰城跡の訪問者は著増するものと見込まれるところ、現存の標柱の在り方では無用な混乱を巻き起こす懸念もなしとはしないため、ご無礼とは存じつつも、現在の情報及び当会の意見を送らせて頂きました。
 なお、この件につきまして、既に何らの措置が採られている、あるいは、採りつつあるということであれば、当会の無知ということで、悪しからずご容赦下さい。
最後に、桜川市及び貴委員会の益々のご発展を祈念致すものであります。

  敬具

平成18年12月18日

  特定非営利活動法人城塞史跡協会

(添付写真1)

棟峰城跡の標柱

(添付写真2)

羽黒山分岐表示
特定非営利活動法人城塞史跡協会
作成2007-05-28、更新---
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